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十割そばと二八そば、どちらがおいしいか

2020年11月26日

「十割そばと二八そば、どちらがおいしいか」という議論はそば好きの間でよく行われると思います。そばの風味がする十割そばがいいとか二八がそばの黄金比率だとかよく聞きます。

個人的には、良い素材で適切な技術で打ったそばであればどちらもおいしいです。

十割そばは、歯を軽く当てるだけで麺がはらりと切れ、その切れた部分からそば粉の粒子が砕けて、濃い味と香り、ふわっと口中にそばのフレイバーが広がります。まさにこれがそばの本物の味です。

二八そばは、しなやかで、キリッとコシがあり、口に入れるとつるりとなめらかにのどに滑りこんでいく食感があります。「つなぎ」に使う小麦粉の性質により、ラーメンのようなモチモチの触感となったり、そば独得のやわらかくコシのある歯切れのよい食感となったりします。好みに応じて変われることが二八そばの魅力だと思います。

二八などのつなぎの混合比率や二八そばの語源について自分でも理解するために調べ直してみました。

二八そばの混合比率について

現代ではそば打ちのレシピは重量比(そば粉800g、小麦粉200gなど)で記載されており、容量比(そば粉8杯、うどん粉2杯など)で記載されているレシピを見た事がありません。

クッキングスケールなどがある現代では重量でレシピをつくるほうが正確であり、むしろ当然の流れだと思います。小麦粉200ccとそば粉200ccでは当然重さが違いますし、同じ小麦粉でも種類によって重さが違います。

一方、江戸時代は枡(ます)を使って、升(しょう)を基本の単位として容量を量る方法が採られていました。

<参考文献>

寛文8年(1668)に書かれた塩見坂梅庵の「料理塩梅集」の蕎麦切方では「うどんの粉 そば一升に三分まぜ・・」

寛延4年(1751)に脱稿した日新舎 友蕎子(ニッシンシャ ユウキョウシ)の「蕎麦全書」巻之下「蕎麦切屋のそば小麦粉を入る割の事」

「小麦粉四升にそば粉一升を入るる也 四分一の割也」 「割を多く入三分一にせり」

老舗蕎麦屋「有楽町 更科 四代目」藤村和夫さんの著書「そばしょくにんのこころえ」にそば屋の割りについて記載してありますので抜粋します。

藤村和夫 有楽町 更科 四代目 そばしょくにんのこころえ
「そばしょくにんのこころえ」藤村和夫さん

そば屋の割り-混合比率-は、よく七・三だの、二・八だのと言われておりますが、ずぼらなそば屋のことですから、目方を計って混合することはほどんどなく、自分の店のいわゆる「すくい」で何杯ずつと計り、そば粉一杯に小麦粉を一杯計ったものが「同割」、そば粉二杯に小麦粉一杯が「七・三」と称するもので、また三杯一杯になると「町場の二八」、四杯一杯で「二八」、五杯一杯が「外二」といった具合に分けられ、戦前でも一番多かったのは「二杯一杯」のそばを売っている店だったそうです。

割りそば粉小麦粉小麦粉の混合比率
同割1杯1杯50%
七三2杯1杯33%
町場の二八3杯1杯25%
二八4杯1杯20%
外二5杯1杯16%
外一10杯1杯9%

表にまとめると上のようになりますが、「七三」の混合比率は江戸時代は30%ではなかったのですね。また「九一」という言葉が出てきませんでした。枡で計量しているので、一升枡と一合枡で「外一」のほうが手間がかからなかったのしょう。

二八そばの語源について

二八そばの語源についての論争は今のところ決着がついておりません。

そばの値段が二八で十六文の値段説、そば粉八割、小麦粉二割つなぎの配合率説の二つが有力のようです。

江戸時代のそばの値段は六文から幕末には二十四文と変動し、また「二八そば」の名称はそばの値段が六文の時代にはあったそうです。

もし私が江戸時代にそば屋の看板を考えるとしたら、「手打ち」とか「十割」は戦後の機械打ちのそばの味がひどかったことから区別するために生まれた言葉ですので江戸時代には存在しませんから、「一九そば」、「二八そば」、「外一そば」あたりを考えて選ぶとしたらやはり「二八」ですね。末広がりの八が下にきて「ハチニ」より「ニハチ」のほうが音がしっくりきます。

「二八」という言葉を使ってうちは良心的な配合ですよと宣伝しているということは、他の店では「同割り」とか、そばのほうか少ない「三七」「二八」が多かったということでしょうか。